多くの営業組織には、他の営業より多く売る人がいます。
- 難しい案件をまとめる
- 大きな契約を成立させる
- 停滞した商談を、再び前へ進める
こうした人は、「営業力が高い」「経験が豊富」「交渉が上手い」と説明されます。もちろん、それは間違いではありません。しかし、トップ営業が実際に何をしているのかを細かく見ると、営業としての高度な専門性だけでは説明できない行動も含まれています。
トップ営業の行動には、二つの仕事が混ざっている
一つは、営業としての専門性です。
- 顧客の状況を読み取る
- まだ明確になっていない問題を整理する
- 顧客に合わせて価値を伝える
- 意思決定を妨げているものを見つける
- 相手との信頼関係をつくる
これらは、営業担当者が担う専門的な仕事です。
もう一つは、仕組みのままでは案件が進まないために、個人が追加で引き受けている仕事です。
- 社内の判断先を探す
- 部門ごとに異なる前提を翻訳する
- 不足している情報を個別に集める
- 役割の範囲を越えて関係者を動かす
- 正式なプロセスで扱えない例外を引き取る
- 受注後も、案件が成立するように調整を続ける
外から見ると、どちらも「トップ営業の動き」に見えます。しかし、構造上の意味は異なります。
前者は、顧客に価値を届けるための専門性です。後者は、情報、判断、責任、受け渡しなどの条件が仕組みの中で完結していないために生まれている行動です。
顧客の問題を整理することは、隙間を埋めることなのか
トップ営業は、顧客が最初に語った要求をそのまま受け取りません。
- 背景に何があるのか
- 本当に変えたい状態は何か
- 誰が困っているのか
- なぜ今、検討する必要があるのか
それらを整理し、顧客自身もまだ明確にできていない問題を言葉にします。これは営業の重要な専門性です。すべてをマニュアルやシステムへ置き換えられるものではありません。
一方で、顧客の問題と自社の提供価値の関係が社内でも整理されておらず、営業が案件ごとに一から説明を組み立て直しているのであれば、話は変わります。
営業の専門性によって価値を深めているのか。それとも、提供価値の曖昧さを営業が埋めているのか。表面上の行動は似ていますが、必要な対応は異なります。
社内を動かす力も、すべて営業力とは限らない
複雑な案件では、技術、法務、経理、サポート、プロダクトなど、複数の機能が関わります。トップ営業は、誰に相談すべきかを知っています。関係者の事情を理解し、必要な順番で説明し、案件が止まらないように調整します。これも、複雑な組織で案件を進めるための重要な能力です。しかし、案件を進めるたびに判断先を探し、個人的な関係性を使い、非公式に承認を取りつけなければならないのであれば、それは営業能力だけの話ではありません。
正式な役割と判断経路だけでは、案件が完結しないということです。トップ営業が社内を動かせるから、成果は出ます。成果が出るから、判断経路の不足は問題として現れません。そして次の案件でも、同じ営業が間をつなぐことになります。
顧客の意思決定を前へ進める
BtoBの商談では、商品を説明するだけでは契約に至りません。
- 誰が意思決定に関わるのか
- 何を懸念しているのか
- どの順番で合意をつくる必要があるのか
- 予算、法務、運用、セキュリティなど、どこで止まる可能性があるのか
トップ営業は、顧客側の意思決定構造を読み、次に必要な働きかけを考えます。これも営業としての専門性です。ただし、その知識がトップ営業の経験の中にしかなく、他の営業には、
- 顧客が現在どの状態にあるのか
- 次に何を確認すべきか
- どの兆候があれば案件を進めるべきか
- どの状態では立ち止まるべきか
を判断する共通の基準がない場合、案件の進み方は個人に依存します。
必要なのは、トップ営業の言い回しを全員に覚えさせることではありません。顧客の状態を理解し、次の行動を判断するために、何が分かる必要があるのかを明らかにすることです。
導入の不安まで営業が引き受けている
顧客が最後に迷うのは、「契約するか」だけではありません。
- 本当に使えるのか
- 社内で定着するのか
- 既存の仕組みと接続できるのか
- 問題が起きたときに誰が対応するのか
トップ営業は、導入後の運用まで見越して説明し、顧客の不安を減らします。これも、受注を成立させるうえで重要です。しかし、導入条件や役割分担が社内で明確になっていないために、営業が案件ごとに約束の範囲を調整し、受注後も関係者をつなぎ続けているのであれば、営業が販売後の構造まで支えていることになります。
契約は成立している。しかし、その契約を成立させるために、営業の仕事が終わらなくなっています。
成功パターンを横展開するときに起きること
- トップ営業の同行記録を取る
- 成功案件を分析する
- 商談の進め方を型化する
- ベストプラクティスを全員に展開する
こうした取り組みは有効です。ただし、トップ営業の行動を分けずに標準化すると、問題が起こります。トップ営業が構造の不足を埋めていた場合、その行動をそのまま横展開することは、
- 判断先は自分で探す
- 部門間の調整は営業が行う
- 不足情報は個人で集める
- 例外は担当者が引き取る
- 受注後も営業が最後までつなぐ
という働き方を、全員に求めることになります。標準化されたのは、売れる仕組みではありません。仕組みの隙間を、営業が自分で埋める方法です。
トップ営業を再現することはできるのか
トップ営業と同じ話し方、質問、提案書を使えば、同じ成果が生まれるとは限りません。
その人は、表に見える行動の前に、
- 顧客の状況をどう解釈するか
- どの案件に時間を使うか
- 何を顧客へ約束してよいか
- 社内の誰へ、どの順番で働きかけるか
- どの例外を引き受け、どこで止めるか
を判断しています。表面の行動だけを模倣しても、その判断を成立させている条件がなければ、同じ行動にはなりません。一方で、トップ営業の専門性をすべて仕組みに置き換えることもできません。顧客ごとの理解、関係形成、洞察、交渉には、個人の経験と能力が関わります。
目指すべきなのは、すべての営業をトップ営業と同じにすることではありません。構造の不足を個人が埋めなくても、それぞれの営業が持つ専門性を、有効な営業行動へ変えられる状態です。
見るべきなのは、行動ではなく、その行動を必要にしている条件
トップ営業の行動を分析するときには、次の問いを分けて考える必要があります。
- その行動は、顧客ごとに必要な専門的判断なのか
- それとも、情報、権限、責任、受け渡しが不足しているために発生しているのか
- 現在の条件が整ったとしても、その行動は必要なのか
- 全営業に同じ行動を求めた場合、案件数とともに調整量も増え続けるのか
- その人がいなくなった場合、同じ判断や接続はどこから生まれるのか
これを分けなければ、トップ営業の強みを残すべき部分と、仕組み側で扱うべき部分を判断できません。
定義すべきなのは、「トップ営業の型」ではない
先に定義すべきなのは、トップ営業の行動手順ではありません。必要な営業行動が生まれるために、営業の仕組みが満たすべき条件です。
例えば、
- 狙うべき顧客と、有効な案件を見極める基準が共有されている
- 顧客の状態に応じて、次に確認すべきことが分かる
- 提供できる価値と、約束してよい範囲が明確になっている
- 売上責任と、案件を進めるための判断権限が接続している
- 営業の役割を越える判断には、明確な経路と期限がある
- 次の部門が動くために必要な情報と、受け渡しの完了条件が定義されている
- 標準経路で扱えない例外の判断先と戻り先がある
- 受注や失注から得た知識が、次の営業活動へ戻る
- マネージャーが案件を引き取らなくても、支援と判断が機能する
- 案件数が増えても、非公式な調整が同じ割合で増え続けない
といった条件です。
CRM、営業研修、評価制度、営業プロセスをどう変えるかは、その後に選ぶ実装です。どの実装を選ぶ場合にも、必要な営業行動が生まれるための条件を満たしているかを確認する必要があります。
- トップ営業を、仕組みの代わりにしない
トップ営業の成果は、本物です。その人の専門性や貢献を、小さく見る必要はありません。しかし、成果を出している人が、営業の専門性だけでなく、仕組みの不足まで引き受けているなら、その成功をそのまま拡大することはできません。
- 案件が増えるほど、調整も増える
- 成果が出るほど、難しい案件が集まる
- 人に依存するほど、その人にしか分からないことも増えていく
トップ営業を増やすことだけを考える前に、見るべきものがあります。
どこまでが、その人の専門性なのか。どこからが、現在の条件では案件が進まないために引き受けている仕事なのか。そして、売れる行動が特定の人の継続的な働きかけに依存せず生まれるために、次の営業施策や仕組みは、どの条件を満たさなければならないのか。
構造ディスカバリー
構造ディスカバリーは、一つの成果や運用を起点に、現在の実際の動き方を生んでいる条件を、経営者とキーメンバーで観測する120分のセッションです。
営業を扱う場合も、トップ営業の能力を評価したり、営業手法を提案したりする場ではありません。
- 実際の売上は、どのような行動経路から生まれているのか
- トップ営業は、他の営業と何を違えているのか
- その違いのうち、専門性によるものは何か
- 仕組みの不足を埋めている行動は何か
- どの判断や接続が、営業の役割の中で完結していないのか
- 必要な営業行動が組織から生まれるために、次に定義すべき条件は何か
これらを構造仮説として言葉にし、望む挙動の成立条件を本格的に定義する必要があるかを判断します。
